留置所黙示録

2014年3月末日児童ポルノ買春及び児童ポルノ法違反で家宅捜索されました。書類送検されたあと8月某日に傷害で逮捕されました。トップ絵はクジラックス先生からもらいました。※なお当ブログは犯罪の抑止のためのブログです※

家族との面会

前回のあらすじ

3日目の地裁で保釈されることが失敗してしまいどうすれば良いんだと絶望に陥っていた僕。そんな僕の前に国選弁護人と出会い一緒に事件を解決して早く外に出ましょうと励まされるも母親に児童ポルノ書類送検されたことを話されてしまい、踏んだり蹴ったりな状態に。この先どうなってしまうのだろうか。

 

3日目弁護士が面会に来てくれた後留置所の中はもう真っ暗だった。この日も2日目に比べるとそこまで疲れていなかったが早めに寝ることにした。国選弁護人から初めて外の情報を聞いてしまい僕がこうやって捕まっている間にも色々と周りが動いているを知りつつも何もできない現状を改めて再認識してしまった。

「起床~~」

もはやモーニングコールとなっている警察の朝の挨拶だ。だいぶ慣れてきたとは言えやはり朝が早いのは辛い。半分寝ぼけ眼で布団から抜け出る。いつも通りの点呼が終わり布団の片付け、朝の清掃が終わったあと留置所内に爆音が鳴り響き朝飯の弁当がやってくる。この留置所から釈放されるまで有線だったからか基本的にJPOPばかりだったのを覚えている。

留置所の1日の流れだが2日目や3日目のように地検や地裁に行く必要がなければ飯の時間以外ほとんどすることがない。各警察署によって微妙に違うところもあるだろうが概ね1日のタイムテーブルは以下のとおりだ。

6:30 起床

~7:00 布団の片付け、洗面

7:00 朝食、部屋の清掃

8:00 運動(平日のみ)*運動といっても、髭剃りや爪切りのみ

入浴(夏場は週に2回)

9:20 本日の本選び(1日3冊まで。)

以降、昼飯まで読書など自由時間。

12:00 昼食

以降、夕食まではまた、読書などの自由時間。

17:00 夕食

20:20 本回収、洗面、就寝準備

21:00 消灯

といった規則正しい生活を送る必要がある。罪を否認していたらこの中に刑事の取り調べがあるそうなのだが僕はさっさと罪を認めたため取り調べも特になくとにかく暇だった。何しろすることがないのである。最初は房の中で転がったりしていたがいつしかすることがなくなり横になっていた。そんな中唯一時間を潰すのにもってこいな出来事がある。

閉鎖された空間で外部の人間と出会う時間。そう面会である。

T森さんと話ししていたときT森さんはここを出所したら自分は横浜か大阪に行く予定だと話ししていた。「何故ですか?」と聞いたところ横浜は知り合いが介護の仕事を紹介してくれるらしくもし実刑を打たれなければそこで働くつもりがある。ただ実刑をくらうと流れるだろうからここでの生活は辞めて誰も知り合いのいない関西にでも行って働きたいとのことだった。

「こっちに知り合いとかいるでしょうに。何でまた誰も知らない場所に行くんです?」と聞いたら色々と自分はここで人の世話をしたりしたことがあるのに、捕まってから誰も面会に来ねえ。こんな不義理なやつらとは思わなかった。むしろこっちから縁を切ってやるよとやや怒り気味に話してきた。

留置所に入ると上でも書いたように基本的に暇である。房の中にいるときは横になっているか本を読むことくらいしか出来ない。テレビも拘置所とかじゃないから見ることが出来ず人と話すことに飢えるのだ。同じ房にも人はいるが他人の上に何日も同じ空間にいると話すことがなくなってしまう。そのためもしも知り合いが捕まったと知らせが入ったら(おそらく弁護士から連絡が来ると思うが)是非とも面会に来てあげて欲しい。

T森さんではないが日頃お世話になったりしたのに面会に来ないとなるとそれはもう縁を切るくらい憎まれてしまうだろう。逆に面会(持ってくるものは何でもいいジャンプだろうが漫画だろうがただ飲食物は禁止のようだ)に来てくれたらあなたのことを命の恩人とは言わないが一生覚えてくれるだろう。ちなみにT森さんと話したところ房の中にいる人に色々教えても外の世界に出たら思い出したくないからかもう面会に来ることはないそうだ。(事実僕も捕まって2年が経つが誰の面会にも行ってない)

それくらい房の中にいるのは不安でもあるし暇でもあるのだ。孤独には慣れていると思っていたが、実際孤独を強いられる環境だとあっさり弱音を吐くような弱さに気づいてしまった。

「18番面会だ。お父さんが来ているぞ」

房で寝転がっている僕に警官が声をかけてきた。捕まった日はお盆前とは言え平日だったがわざわざ来てくれたそうだ。房から出る準備をして面会室に入った。面会室はよくテレビのドラマに出ているような丸い窓越しに会話をする感じだった。

 

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(パイプ椅子に座って面会に来た人と話す。後ろに警官が立って見ていた)

父と久しぶりに会った。昔は厳しかったが、こっちが働きだしてからは心境の変化があったのか、母と別居したのが原因なのかやたら優しくなっていた。面会したこの日も「お前お盆なのに何やってるんだ」と苦笑いされたのを覚えている。そういえば中にいたら日時感覚を忘れてしまうがお盆であった。護送車に乗っているとき皇居の近くにデモの声がうるさいなと思っていたが終戦記念日を留置所の中で迎えることになってしまっていた。

実は正直この時期待していたことがあった。父親と母親は今は別居中なのだ。なので今回僕が逮捕されたことにより面会する機会があり家族で久しぶりに顔を合わせるきっかけとならないのだろうかと勝手に思っていたが、実際はたまたま同じ日に上京してきたが父親と母親は時間をずらして面会することになったそうだ。少々当てが外れたが、父親とまず会うことになった。父は弟をつれて東京まで来てくれたらしい。

「ただまあ元気そうで良かったわ」そう言って父は弁護士から聞いた内容を僕に伝え、会社はどうなるか分からないそうだと話した。後差し入れしようとしたが飲食は禁止らしいので金を少し都合すると言ってくれた。この金は警官が預かり何か用のあるときに使ってもらうシステムだそうだが現金をほとんど持っていない状態で入ったためありがたかった。

あと、弟が来ており差し入れで本を数冊貰ったが内容があまり面白いものではないのと、文庫本であったため恐らくすぐに読み終えるなと思ったため「せっかくだから資格の本とか差し入れしてくれないかな?」と言うとさすがに「お前何でここに入ったかよく考えろよ」と父が少し怒った。もっともな話だろう。父とはあまり話すことがなかったため面会の時間は15分くらいで終わった。面会が終わると警察官が房に連れ戻すのだが「優しそうなお父さんじゃないか。きっと心配してると思うよ」と話してきた。ああ見えて昔は短気でよく殴ってきたんですよと言おうかなと思ったけど、面倒だったから「そうですね」と生返事をしたのを覚えている。

 

時間をずらして今度は母親が来た。この時少し予想外だったのは母が知人の女性も連れてきたのだった。てっきり母親だけが来るものだと思い込んでいたためびっくりした。その際自分が上下灰色のいかにも捕まった時の容疑者が着てますよというスエットを着ていた。よく逮捕された際に容疑者が護送されている写真を見るだろうがあれは他に服を持っていないnotお洒落さんというわけではなく、警察署が所有しているものなのだ。最初はダサいから嫌だなあと思っていたが留置所に入る際にパジャマを持ってこれる用意周到な人物は中々いないため自然と皆灰色のスエットを着始めるのだ。

さすがにいかにも捕まってますよという服はダサいなあと思い警官に「すいません。着替えってできないですか?」と聞いたところ「ダメだ」とにべもなく断られた。着替えは朝と夜の寝る前しか許されていないらしい。少し無理やり頼んでも拒否されてしまい「いやーこんな格好で面会するの恥ずかしいですよ」と警官に軽く愚痴ったら

おめーよ捕まっといて恥ずかしいとか馬鹿じゃねえの?捕まってることのほうがよっぽど恥ずかしいだろ!

とT森さんに盛大にツッコミを入れられた。まあ確かに捕まっといて恥ずかしいも糞もないよなと思いスエットに手錠をつけたTHE・犯罪者という格好で母と知人に会った。当たり前だが母親には泣かれた。知人も泣きはしなかったが「何してんの」と言った感じで話してきたのを覚えている。この知人とは疎遠になったが家族以外で来てくれた唯一の知り合いだったので今でも申し訳なさが残っている。

この時話したのは主に会社のことだった。どうやら母親にも会社の営業から電話があったらしくどういうことか事情を説明して欲しいと連絡があったそうだ。またその際国選弁護人の先生に母親が会社の営業の電話番号を教えたため、弁護士の先生がかけたところ勝手に情報を教えてもらってかけるのはプライバシー違反だと怒られたそうだ。うちの気の強そうな営業の顔を思い出して、知らないあいだにトラブルが増えてきているなと思い頭を抱えたのを覚えている。この時は父の時と違って面会の時間いっぱいまで話をした。終わったあと警察官からまた「あまり親御さん心配させなさんな」と言われた。留置所の警官は課が違うからだろうか、基本的におせっかいな人が多かったのを覚えている。

 

房に戻るとT森さんが珍しく手紙を書こうとしていたのか便箋を取り出していた。「家族さんにでも送るんですか」と聞いてみた。

「いやー俺あよ結婚してて娘がいるみたいなんだよな。このいるみたいってのは俺自身はっきり見たわけじゃなくて昔失踪したことがあるんだよ。家族捨てて。捨てた理由ってのもまあ大したことじゃないんだけどよ(嫁が浮気していたからだと後ほど聞いた)弁護士の先生に調べてもらったんだよ。その気はなかったんだけど、するとさあもう娘が結構いい年になっててそれで手紙送ろうと思ったんだけど何て書けばいいか分かんなくてさ。今まで全然父親らしいことしてこれなかったのに今更手紙が着ても向こうも困るだけだしなあと思うとな~んも書く事がないんだよ」

さっきまで家族と面会していて家族のありがたみが分かった僕とは対照的だった。T森さんは父母とも仲が悪く、親が離婚をしていたため義理の父と母に育てられていたらしい。だが義理の父と折り合いが悪いのとヤンチャをしておりわざと親に金がかかるような悪さをしていたら勘当されたそうだ。その後結婚をして娘が出来たそうだがその嫁とも喧嘩をして今はバツイチの独身だそうだ。

話を聞けば聞くほど周りにはいない人種だ。別に文章を書くのは得意と言うほど上手いわけではないが少々お世話になったこともあり代筆しましょうか?と聞いてみた。するとT森さんは少し考えた顔をして「いや良い」と断ってしまった。

留置所に入るとすべての所持品が取り上げられてしまう。まず何が一番困るかというと外への連絡手段がなくなることだ。外への連絡手段がなくなると例えば家賃が溜まっていたりしてもそれを支払えなくなるし、ペットなどを飼っていたとしてもそれに対しての世話が出来なくなる。この際連絡する手段というのが手紙だけになってしまうのだ。これはかなり不便である。

 

今回留置所に入って良くわかったのはせめて実家の住所と連絡先だけは、何があっても空で覚える必要があるということだった。近年携帯が発展したのは好ましい出来事だが、そのせいで住所や電話番号を覚える必要が減ってしまった。長年住んでいた実家などがあれば覚えているかもしれないが、親が引越しをしたりして実家の住所を忘れると連絡できる相手がいなくなってしまう。基本的に親族以外に警察は連絡を入れることをしない。弁護士を介せれば知り合いに自分の現状を知らせることができるそうだが、まず弁護士に依頼をすることから始まるためどうしても遅くなってしまう。

そのためまず逮捕をされたら連絡できる家族の居場所がないと何日間も部屋をあけっぱなしという事態が起きてしまうのだ。逮捕をされるということは一般的にあくまでも容疑者というだけであって罪を犯したか確定していない人物も結構いるのである。なのにこのように逮捕をされ場合によっては20日も拘留されるのはシステムとして非常に不都合なのではないかと思ってしまった。しかも警察はこちらの事情など一切考慮してもらえずどのようにすれば起訴できるかしか考えていない。僕は相手が殴ってきたのが最初とは言え傷害をしたのは事実だがこれで冤罪だとしたらかなりの不利益を被るだろうなというのが分かった。

晩御飯が終わり、面会の時知人と母親が手紙を持ってきてくれたためそれを読むことにした。内容はまあ僕の体調を気遣ってくれているもので改めて他人に迷惑をかけていることが分かった。一応今日面会に来てくれた人のために手紙を書く事にした。

筆不精で家族や知人に出す手紙が留置所からというのも僕らしい気がするが、ゆっくりと時間をかけて何を書くか推敲して書き始めた。留置場で渡されるボールペンは自殺防止のためか凶器に使われることを考えられてか先っちょが2、3ミリしか出ていない非常に書きづらいものだった。ボールペンを垂直に立てながらチマチマと書いていたらいつの間にか就寝の時間になった。現代に生まれたため手紙の体裁やマナーなどほとんど習っていないためあちこち頓珍漢な文章ではあると思うが、とりあえず今日来てくれてありがとうとお礼を書いた。

手紙を出したあと一斉消灯があるため部屋の少しの明かりを残してボッと音を立てて周りの電気が消えた。この日は人と会ったからか妙に人恋しくなって中々寝付けなかったのを覚えている。

 

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