留置所黙示録

2014年3月末日児童ポルノ買春及び児童ポルノ法違反で家宅捜索されました。書類送検されたあと8月某日に傷害で逮捕されました。トップ絵はクジラックス先生からもらいました。※なお当ブログは犯罪の抑止のためのブログです※

留置所と読書

      人間失格

 

以前の記事でも先述したとおり留置所にいる間は暇だ。取り調べがあればまだ人と話したりする機会があるが、2日目の地検と3日目の地裁が終わったあと基本的に僕はすることがなかった。そのため留置所生活のほとんどを本を読んで過ごすことになり、今思い出しても読んだ本のタイトルが出てくるくらいだ。

それで以下は留置所で読んだ本。その時に思った感想などを簡単に紹介していきたい。

 

嗤う伊右衛門 (角川文庫)

嗤う伊右衛門 (角川文庫)

 

 初めて京極夏彦を読んだ。京極夏彦といえばとにかく作品が分厚い。毎回この本で人が殴り殺せるんじゃないかと思うくらい分厚いことと文体が妙にナルシスティックで今のラノベの元祖と言っていい独特の文体もあり敬遠していた。だが、この時ばかりは京極夏彦の分厚さがありがたかった。何故か留置所では1日に持ち込める本が3冊しかないのである。3冊のうちの1冊と考えればこれほど頼りになる分厚さはない。事実丸一日かけて読んでも未だ読破できず、読むのに2日ほどかかったからだ。ストーリー自体は江戸時代のホラー小説といった内容で分厚い割にあまり頭に入らなかった。ただラストがあまりスッキリしないところと妙な胸糞悪さが京極夏彦らしいっちゃらしいなとは思った。

 

永遠の0 (講談社文庫)

永遠の0 (講談社文庫)

 

こちらも百田尚樹シリーズの本はあまり読んでこなかったため初の百田尚樹である。いや会社の上司に海賊と呼ばれた男を勧められそちらも読んだことはあるから2冊目か。

作者と作品は常々どれだけ作者の人間性は底辺下劣なものであったとしても作品は別に考えなければならない。ずっとそれが持論であったがTwitterでの発言やそこまで言って委員会における発言、またやしきたかじんの遺族とトラブルを起こしているところを見て人として嫌いになってしまいこの人に限り作品にかなりの色眼鏡を付けて読むようになってしまった。また百田尚樹は実際に見たことがある数少ない有名人のひとりでもある。いつかというとかつてベストドレッサー賞に知り合いからチケットをもらったため見学に行ったことがある。ベストドレッサー賞といえばその年で一番のおしゃれな人が集う賞として有名だ。その中でお目当ての人物が1人いた。そう堀北真希だ。

今はもう人妻となってしまったが実は高校生くらいの時好きであった。まさか憧れの堀北真希と会えるとはと屋内はカメラ撮影が禁止であったが、こっそり撮ってやろうと思っていた。周りのガードがいないときよしと思って携帯のIphoneを向けたところ、何とこの百田尚樹のハゲ頭が邪魔で撮影ができなかったのだ。しかもやたらとこのハゲのスピーチが長い。結局僕の携帯の中には百田尚樹のハゲ頭からかすかに見える堀北真希しか撮ることができなかった。そうこのような出来事があって以来例え百田尚樹がどれだけ素晴らしい作品を作っていたとしてもやはり評価はできないのだ。

余談が長くなったが内容としては主人公の大学生と姉がいてかつて特攻隊だった祖父がどのような人物だったかを訪ねて戦中に生きていた人にインタビュー形式でストーリーをすすめるものだった。かつて批判されていた戦争賛美というものではないがあまり面白みがなかった。ただこちらも上下で2冊あったから割と時間を潰せたのを覚えている。またちょうど留置所にいる中で終戦記念日を迎えたため新聞が戦後70年と言った内容の記事ばかりだったからタイムリーな本ではあった。

アマルフィ

アマルフィ

 

 アマルフィ。留置所にある本は警察官か留置所にいた人が寄贈したものが多いと聞くが何故これがあったのだろうか。真保裕一ホワイトアウトと奪取を読んでおり両作とも非常に面白かったが今回のアマルフィに関してはあまり面白いとは感じなかった。舞台はイタリアローマを中心に、とある日本人外交官の活躍を描くサスペンスなのだが読んでいてもいまいち感情移入できずそういえばイタリアとかローマとか行ったことがなかったなと一人留置所の檻の中で思っていた。映像で見れば面白いのかもしれないが、事件は各国で行われるためあちこちの国をまたいでいくという外交官という特権を何か勘違いしてるのではないかと思わせてしまいどうも読んでいてあまりハマれなかった。

 

純平、考え直せ

純平、考え直せ

 

こちらも他にこの作者だと有名なものあるのになぜこれが置いてあるんだという小説の一つ。奥田英朗空中ブランコなどは面白かったが何故かこれはあまり楽しめなかった。六明会傘下にある早田組の組員である坂本純平。21歳の彼がヤクザとして、新宿・歌舞伎町を駆け抜ける様を描いた物語なのだが、目新しいものが特になくかといって青春小説なのかと思えばそうでもなく、主人公もよく分からないままストーリーを駆け抜けていく。途中で主人公の知り合いの女が掲示板で相談しようよと言って2chのようなものにスレ立てをするがそれが否定的な内容が多く主人公のじゅんぺいが怒りを覚えるシーンもあるがやはり小説の中に2chと言った匿名掲示板を入れるのはあまり作品としてよくないのではないだろうかと勝手に心の中で論評をしていた。ラストもすかっとするものでもなく、実は面倒を見ているつもりの兄貴分が主人公を鉄砲玉にしようと企ててるだけじゃないかと主人公に疑問が残るという放り捨てるようなところが読んでいてあまりいい気持ちがしないなと読んでいて思った。

 

オレたちバブル入行組 (文春文庫)

オレたちバブル入行組 (文春文庫)

 

半沢直樹でお馴染み倍返しシリーズである。こちらも評判は高いのは知っていたがドラマを見ることがあまりないため見ていなかった。原作ではそれほど倍返しのフレーズを使っていないなと思って読んでいたが銀行で(おそらく作者が入っていた頃の時代)の細かい話などが出ていて組織物小説としては楽しんで読むことができた。こちらはシリーズ化していて数冊読むことが出来たため割とすぐに読み切ってしまったのを覚えている。

GTO(1) (講談社コミックス)

GTO(1) (講談社コミックス)

 

 留置所には漫画があるから「お、漫画あるからこれ読もう」とうかつに手を出してはいけない。何故か。1日に持ち込まれる本というのは制限があり(3冊のみ)読み終わっても新しいの読ませてとはならないためひたすら暇になる。置かれてあった漫画はこのGTOシリーズと浦安鉄筋家族だった。両方中学生くらいの頃読んでいたため懐かしいなあと思い読み返していた。読んでいる当時は90年代の学級崩壊や家庭崩壊、何かよく分からない未来への閉塞感というのがあり新しさを感じるが読み直すと「あー昔はこんなことで悩んだりしてたんだな」とやはりどうしても古臭さを感じる。少し話が変わるが留置所に入ると禁煙のためタバコが吸えなくなる。そのためヘビースモーカーは結構なストレスのようだ。朝の運動の時間でも隣の房にいた2人組の兄ちゃん達が漫画を読んでいたらうまそうにタバコ吸うから読んでて吸いたくて仕方ないですよ~と警官と雑談をしていた。T森さんも似たようなことを言っていてよくGTOを読んでいたから「鬼塚がタバコ吸ってるの見たら吸いたくなるんですか?」と聞いたら、「いや浦安鉄筋家族っていう漫画の大鉄というタクシーの運ちゃんが吸ってるの見たら吸いたくてたまんなくなるんだよな」と言っていた。ヘビースモーカーの人は留置所に入るときはタバコを吸っている漫画をできるだけ読まないほうがいいのかもしれない。

 

悪人

悪人

 

 今回読んでいた中で一番印象に残った本はこれかもしれない。吉田修一の作品はパレードやランドマークなど読んでいたため3作目となった。映画化していたため知名度はあると思うがやはりこちらも原作で読んだほうがいいと思う。作中で人を殺したぶっきらぼうであまり言葉を話さない祐一というキャラがいるが、祐一は自分を捨てた母親に対して、金をせびる描写が出てくる。 
自分を捨てた母親が「負い目」を抱いている事を感じ取って、母親の負い目を軽減させる為に、本当は欲しくもないお金をわざわざ母親にせびるという行為をする祐一の気の使い方。 これで母親は「負い目」よりも、母親に祐一に対する幾ばくかの「嫌悪感」を持たせることによって、「負い目」を忘れさせてあげることができた。文学的でもあり悪とは何かということについて考えさせることができた。自分が捕まったのもあるからだろうか、最後捕まるところでの情景描写など妙に共感ができた。殺された遺族の気持ち、また被害者が出会い系を使用していたため遺族へ匿名の人が中傷をするところなど事件に至るまでの話というより、事件から物語がスタートするというところにリアリティがあったと思った。

有斐閣判例六法 平成28年版

有斐閣判例六法 平成28年版

 

 少し変わりどころで六法があった。どうやら六法はなぜか1日に持ち込める本に該当しないらしくこの他に3冊ほど持ち込めると後ほど知って後悔した。学部が法学部だったこともあり久しぶりに六法を読みなおすかと思ったが読んで数ページでギブアップした。読んでいて全く面白みのない条文だけがひたすら並ぶ無味乾燥とした文章は苦手だということが改めて分かった。つくづくこの業界に進まなくてよかったとは思った。

 

出るまでの間、短期間で結構な数の本を読めたと思う。本を読んでいて思ったのはやはり自分は本を読むことが好きだったということだ。なぜ好きなのかと聞かれて昔は暇つぶしだと答えていたが、今は違う理由で好きになれた気がする。話が少し変わるが西村賢太という作家が僕は好きだ。彼のアウトローな生き方、私小説などが読んでいて面白いと思っていた。だがもし留置所の中で彼の本を読んでいたらもっと彼の作品が好きになっていたかもしれない。どういうことかというと彼の作品の中で人を殴り留置所に何日間かいるシーンなどがいるが彼は特に反省などしていないし、殴った相手の方が悪かったと考えている。傍から見たら反省をしていないやつだなと思うかもしれない。だがこういう風に捕まった身からすると彼の考えることが共感が出来るのだ。特に今回みたいに逮捕されて分かる気持ちというのも出てくる。

後にも現れるが闇金をしていただけで捕まったおっさんがいた。そのおっさんは別に金の回収をする際に暴力など使ってはいないが、捕まったそうだ。今の法律では闇金という職業をするだけで違法らしい。そのおっさんには子供がいてしばらく刑務所に行くから会えないだろうなという話を聞いて罪とは何か。悪とは何かということを考えた。

悪いことをする方が悪いという言葉は確かに最もだろう。宗教だろうが法律だろうがルールを破ったものには制裁がある。罪には当然罰という報いが来る。だがそれを受ける側となっては在り来りな言葉だけでは改心しないだろう。お前は悪いことをしたからダメだ。そう突き放すだけでなく理解してくれるという人も周りにいなければその人はずっと孤独のままなのだ。

罰を受け入れる人間にとって拠り所になるものはそう言った世間一般的なモラルや宗教そんなものではなく、同じ境遇に出会いそれに対して迷ったり悩んだり誰かを憎んだりと、時にはそれをユーモラスに書いたりするような作品かもしれない。いや違うかもしれないが僕は文学というものはそれに当たるのではないかと考えた。この時一番読みたかった本はドストエフスキー罪と罰であった。おそらく部屋で何もない状態で読むよりも留置所で読んだほうが深く共感できただろう。そして心の支えになったかもしれない。留置所から出てだいぶ経つがいつか読んでみたいと考えている。

 

 

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